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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)5174号 判決

原告 鏡山忠男 外八名

被告 株式会社白木屋

当事者参加人 横井英樹 外一〇名

主文

昭和二十九年四月二日東京都千代田区丸の内三丁目十四番地東京会館において開催の被告会社第七十期定時株主総会における

(1)  第七十期営業報告書、財産目録、貸借対照表、損益計算書ならびに利益金処分案を承認する

(2)  横井英樹、大宮伍三郎、鈴木一弘、柴崎勝男、中村金平、菱田光男、清家武夫、福永長四郎、田渕八郎を各取締役に、中西政樹、両角潤を各監査役に選任する

(3)  定款一部変更の件を否決する

との決議は存在しないことを確認する。

訴訟費用中参加によつて生じた部分は参加人の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、その請求の原因としてつぎのとおり述べた。

「一、被告会社(以下白木屋と称する。)は百貨店業その他の事業を営むことを目的とする発行済株式の総数四百万株の株式会社で、原告等はいずれもその株主である。

二、白木屋はその取締役会の決議により、昭和二十九年三月三十一日午前十時半より東京都中央区日本橋浜町一丁目二番地中央クラブにおいて第七十期定時株主総会を開催し、別紙〈省略〉記載の議案を附議することに決し、その旨同月十六日当時の代表取締役たる原告鏡山が各株主に招集通知を発した。而して右総会は同日定刻中央クラブにおいて、原告鏡山が定款の規定により議長となり、委任状共約二百九十二万株の株主の出席の下に開会された。しかるに、当日総会に提出された。委任状の数および、その有効無効の問題をめぐつて株主間に激しい紛争が起り、そのまゝ議事に入れそうになかつたので議長は全出席株主同意の下に、委任状点検のための委員を選任してその調査を託することにしたが、右調査は早急には完了しないことが明白であつたので、議長はさらに全出席株主の賛成決議の下に右総会を翌々四月二日に延期し、同日午前十時より東京都千代田区丸の内三丁目十四番地東京会館において開くこととし、当日はそのまゝ散会した。

三、そこで白木屋はたゞちに東京会館に赴いて総会会場として同会館の二階数室を借り受ける契約をし、会場設営についての諸般の準備に当り、これを完了したところ、同会館は翌四月一日朝に至り何故か突如として右会場の使用を拒絶し解約の申入れをして来たので、白木屋は事情を具して再三交渉を重ねたが、遂に容れられなかつたので、やむを得ずこれを承諾し、期日も追つているので急遽これに代るべき他の場所を採した結果、前記中央クラブ三階ダンスホールを借用することが出来たので会場を中央クラブに変更してそこで午前十時半より開催することとし、四月二日の主なる朝刊紙すなわち朝日、毎日、読売、日本経済の各紙に右会場ならびに開催時刻変更の旨を公告すると共に、同日早朝より東京会館玄関前に右変更の旨を掲示し、且つ同会館前に大型専用バス三台を配置し、係員を派して、会場変更のことを知らないで来る株主等を中央クラブに運ぶ手配をするなど、突然の会場変更によつて株主の議決権を奪う結果になるおそれのないよう万全の処置を講じた。而して当日午前十時三十分右中央クラブ三階において原告鏡山議長となり株主総会の延会が開催され、開会に当り鏡山議長は前記会場変更のやむなきに至つた事情を報告して満場の承認を得た。而して当日の出席の株数は二百九万三千六百六十五株で定足数に達したので議事に入り、前記三議案を審議した結果第一、第三号議案は可決され、第二号議案については原告中岡本、望月の二名は各監査役にその余の原告および訴外江川忠一、同鈴木政一は各取締役に選任された。

四、しかるに、参加人横井等は、同日午前十時前記東京会館において、委任状共二百九十八名この株式数二百十一万四百十六株の株主出席し、訴外中沢丑之助議長の下に、白木屋の第七十期定時株主総会を開催し、前記議案を附議し、第一号議案を可決し、第三号議案を否決し、第二号議案については参加人中西、同両角両名を各監査役に、その余の参加人を各取締役に選任したとして、即日東京法務局日本橋出張所に取締役ならびに監査役の変更登記申請をなし、右登記は直ちに完了したため、原告等は前記株主総会の結果についてその登記を求め得ない状態に立ち至つた。

五、しかしながら右東京会館における白木屋第七十期定時株主総会の決議なるものは、つぎのような理由により法律上不存在である。

前記の如く、四月二日の株主総会の延会会場に予定されていた東京会館は、同会館の都合によりその使用を拒絶されたため、白木屋はやむを得ず、会場を中央クラブに変更した。しかしその変更をするについては、株主の議決権を害するが如きことのないよう前記のとおりの万全の手配をし周倒な処置をとりまた右会場変更について中央クラブに出席した全株主の承認を得たものであるから右変更はもとより適法である。しかるに参加人横井等は、四月一日すでに白木屋の株主総会は東京会館の都合により中央クラブに変更されたということを知つていながら、抜けがけの登記をすることを計画し、あらかじめ議事録その他を作成しておいて、取締役または監査役としてその選任を予定していた人々の出来合いの印判をまとめて買い求めてこれに捺印し、司法書士に登記申請をなすことを依頼しておき、たゞ形をととのえるため東京会館に一派同類のもの十二、三名が集合したにすぎない。しかも東京会館は当日白木屋の株主総会会場として同会館を使用することを断つたのであるから、同日同会館で白木屋の株主総会を開催し得る筈がなく、またたとえ株主が会場変更のことを知らないで同会館に集合したとしても、同会館のどの部屋で株主総会が開かれるのか一般株主には知り得ない状態であつた。しかるに参加人横井等はあらかじめ山下汽船の山下の名で同会館の二階一室を借用しておき、その入口に一般慣例にしたがい山下汽船様御席と掲示してあつた室に一派の者十二、三名が集合し、白木屋の役員、係員の一名の出席もなく、委任状の提出もないまゝ(これはすでに白木屋に提出されている。)その同類だけで秘密に会合を開き、その会合に形式的に白木屋の定時株主総会なる名を冠したにすぎない。なおその議事録によれば、参加人大宮伍三郎、同中村金平、同中西政樹が出席し取締役または監査役に選任されこれを承諾した旨記載されているが、同日大宮は鎌倉に病臥中、中村は北海道に旅行中、中西は中央クラブの総会に出席したのであつて右記載は全く虚偽である。かくの如き状態で開催された参加人横井等のいわゆる白木屋第七十期定時株主総会なるものは、株主総会たる外形さえないたゞの人間の集りというしかないのである。

六、仮りに右東京会館における会合が白木屋の株主総会たるの外形を具備しているとしても、前記の如く中央クラブにおける株主総会の議決に参加するについて、株主の議決権を害することのないよう万全の措置がとられ、会場変更について全出席株主の承諾を得た以上その会場変更はもとより適法でありしたがつて、中央クラブでの株主総会とその決議が存在すると認められる以上、株主総会決議は会社最高の意思を決定するものであるが故に、同一の議案について二個の決議が存立し得る道理はないから、他に仮りに総会があり決議があるとの主張があり、またそれらしい事実があつても、その総会は適法な株主総会でない非総会であり、またその決議は法律上存在を認められない非決議乃至当然無効の決議である筈でありしたがつて右東京会館における決議は法律上存在しないものといわねばならない。

七、よつて右四月二日東京会館において行われたと称する白木屋第七十期定時株主総会の決議の存在しないことの確認を求めるため本訴請求に及んだ。」

被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁としてつぎのとおり述べた。

「原告等主張の請求原事実因中、

白木屋がその主張のような会社であり、原告等がいずれもその株主であること、昭和二十九年三月三十一日午前十時半より中央クラブで白木屋の第七十期定時株主総会が開催され、その主張のような議案が附議されることとなつたが、その主張のような経過で右総会を四月二日午前十時に東京会館で開く旨の決議がなされたこと、四月二日東京会館で行われるはずの右延会が同会館差支えのため中央クラブに変更されたこと、四月二日の朝刊紙上に会場ならびに開催時刻変更の旨の公告がなされ、東京会館にその旨の掲示がなされ、且つ株主を中央クラブに誘導するためバスが配置されたこと同日中央クラブにおいて白木屋の第七十期定時株主総会が開催され原告等主張のような決議がなされたこと、参加人等が原告等主張のとおり四月二日東京会館で白木屋第七十期定時株主総会を開催し、その主張どおりの決議をしたとして東京法務局日本橋出張所に変更登記申請手続をして即日登記の為されたこと、四月二日白木屋の役員がいずれも東京会館へ赴かなかつたことはいずれもこれを認める。」

参加人等訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する」との判決を求め、その原因として次のとおり述べた。

「一、白木屋は原告等主張のような株式会社であり、参加人中西、同両角の両名を除くその余の参加人は昭和二十九年四月二日東京都千代田区丸の内三丁目十四番地東京会館において開催された白木屋第七十期定時株主総会の決議によつて選任された取締役であり、参加人中西、同両角の両名は同総会決議によつて選任された監査役である。

二、白木屋は原告等主張のように同年三月三十一日午前十時半中央クラブにおいて第七十期定時株主総会を開催し、原告主張のような議案を審議することになつたが、当日は原告等主張のような経過で議事に入らず、翌々四月二日午前十時より東京会館で右総会の延会を開催することを決議して散会した。参加人等は右決議に基いて同日東京会館に赴いたところ、いかなる理由か原告鏡山の外白木屋の取締役等はいずれも定刻になつても右会場に姿を現わさなかつたが、その出席株主は委任状による者をも含めて二百九十八名に達し、その出席株式数も発行済株式総数四百万株に対し二百十一万四百十六株に達したので全出席株主の同意により株主訴外中沢丑之助が議長となり、前記議案を順次附議した結果、第一号議案は可決され、第二号議案については参加人中西、同両角の両名が監査役に、その余の参加人が取締役に選任され、第三号議案は否決された。

原告等は同日中央クラブにおいて白木屋の株主総会を開催し前記第一乃至第三号議案について議決したと主張するが、右株主総会と称するものは白木屋が適法に招集した株主総会ではなく、したがつて、その主張のような決議は存在せず、同日東京会館で開催された株主総会のみが唯一の適法に成立した白木屋の株主総会であり、そこでなされた決議のみが唯一の有効な総会決議である。

しかるにもし右四月二日の東京会館における株主総会決議が原告主張のように不存在と確定せらるときは、参加人等は白木屋の取締役または監査役たるの地位を失いその権利を害されることとなるので、これを防禦するため民事訴訟法第七十一条前段により当事者として本訴訟に参加し原告等の請求棄却の判決を求める次第である。

原告等の被告に対する請求原因事実中、原告等がいずれも白木屋の株主であることは認めるが、東京会館が白木屋に対しその会場の使用を断つたこと、四月二日の朝刊紙上に会場ならびに開催時刻変更の旨の公告がなされたこと、東京会館玄関に掲示がなされたこと、バスが配置されたこと、はいずれも不知、その他の事実で参加人の主張と反するものは全部否認する。」

〈立証省略〉

理由

被告会社(以下白木屋と称する。)が原告等主張のような株式会社であり、原告等がいずれも白木屋の株主であること、昭和二十九年三月三十一日中央クラブにおいて原告等主張のような議案を審議するため白木屋の第七十期定時株主総会が開催されたが、原告等主張のような経過でその延会を四月二日午前十時東京会館で開催することが決議され、当日は議事に入らず散会したことについては当事者間に争がない。

成立に争のない甲第七号証の一乃至四、同第二十号証の二、同第二十一号証の二、乙第十三号証の一乃至四ならびに前記甲第二十号証の二、第二十一号証の二によつて真正に成立したものと認める甲第五号証(乙第十三号証の三については後記措信しない部分を除く)を綜合するとつぎのような事実を認めることができる。

すなわち、三月三十一日中央クラブでの株主総会の散会後、白木屋は東京会館に赴いて四月二日午前十時に予定された総会延会会場として同会館の二階数室を借り受け、当日白木屋よりは係員がでむいて座席の配置等の準備をしておいたが、翌四月一日午前十一時頃に至つて突然東京会館は白木屋に対し、四月二日の総会のため既に契約ずみの右室の使用を拒絶し解約の申入れをしてきたので、白木屋はやむを得ずこれを承諾し、新たにこれに代るべき他の場所を探した結果前記中央クラブ三階を借用することができたので、延会会場を東京会館より右中央クラブに変更して同じく四月二日の午前十時半よりこれを開催することとし、各株主に右変更の旨を知らせるため、四月二日の朝刊紙数紙にその旨公告するとともに、同日早朝より東京会館玄関に右の旨を掲示し、且つ玄関前にバス数台を配置し、係員を派して、東京会館に来る株主等を中央クラブに運ぶように手配をした。しかし、東京会館の出入口は右正面玄関の外に電車通りに面した側面にもあり、その出入口には前記のような掲示もされていず、また白木屋の係員も配置されてはいなかつた。がとにかく当日正面玄関前に用意されてあつたバスで東京会館から中央クラブへ運ばれた株主はおよそ七、八十名はあつた。

そういう次第で当日は東京会館には他に白木屋名義で借用を申し込みその承諾を得てあつた室はなく、したがつて、もちろんたとえ同会館で白木屋の株主総会を開催しても、それに参加する目的で同会館に参集する株主には一体どの部屋で白木屋の株主総会が開催されるのか全然知り得ない状態にあつた。

ところで東京会館に同日午前十時少し前山下汽船の山下名義で借室の申込があり、同会館はこれを承諾して二階の人員三、四十名程度を収容し得る二百二号室をもつてこれにあてることとし、部屋の配置をととのえ、その入口の前に山下汽船様御席なる掲示をしておいた。ところが午前十時頃に至つて参加人横井、同鈴木等十数名の白木屋株主は山下汽船様御席なる掲示のある右二百二号室に集合し、そこで参加人等主張のように訴外中沢丑之助が議長となつて白木屋第七十期定時株主総会の延会なるものを開催して、別紙議案を審議し、原告等主張のような決議をしたのである。

右のような事実を認定することができ、乙第十三号証の三のうち右認定に反する部分は当裁判所これを措信せず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定の事実に徴すれば、株主総会延会会場を右東京会館より中央クラブに移すことが適法かどうかは別として、四月二日東京会館で開催された右会合は白木屋の株主総会とは認めがたく、そこで成立したと称する決議は白木屋の株主総会の決議であるとは倒底言い得ない。何となれば、当日は東京会館で白木屋の株主総会を開催することは事実上不可能であり、しかもまた株主総会を主宰すべき白木屋の取締役等は唯一人として同会館に参集せず、(取締役等が参集しなかつたことについては当事者間に争ない)同会館に参集した株主のうち少くも七、八十名はバスで中央クラブに誘導され、実際に同会館に参集した株主は僅か十数名にすぎず、それも白木屋のために準備されてはいず、山下汽船の会合のため準備されてあつた室に集合したというような状態の下においてはたとえそれらのものの間で会合を開きそれに白木屋第七十期定時株主総会なる名を冠しても、それは株主総会たるの実質を具えない単なる株主の集合にすぎず、いかなる意味においても白木屋の株主総会であるとはいえないからである。

以上説明のとおり四月二日東京会館においてなされたと称する白木屋の第七十期定時株主総会の決議は存在しないものであるから、他の点を判断するまでもなく原告の本訴請求を正当として認容し訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 入江一郎 唐松寛 高林克己)

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